トラウマ・インフォームドケアについて
「トラウマ・インフォームドケア」という言葉をご存知でしょうか?これは、支援する側の人たちがトラウマに関する知識や対応を身につけ、要支援者に対し「トラウマがあるかもしれない」という観点をもって対応する支援の枠組みのことを指します。いわゆる「トラウマの眼鏡をかける」という関わり方になります。専門家であれば「トラウマ」に関する知識は通常持ち合わせておりますが、実際に「トラウマがあるかもしれない」という観点で要支援者を観る、ということはなかなか難しいといわれています。それには、トラウマについての知識や対応に自信が持てないことや、トラウマに触れたとして、それをどう扱ったらいいかわからない、という支援者が多いことが背景にあります。なぜこれが難しいのかについてはそれだけで長い説明になるので、後日触れようと思いますが、ここでは、トラウマとは何か?トラウマによってどのような影響が本人に及ぶのか、ということについて述べたいと思います。
トラウマとは「心の傷」のことをさします。人は誰でも日常的にさまざまなストレスを経験しますが、その中でも、本人にとって身体的または感情的に有害で、長期的な影響を与えるものが“トラウマ体験”とよばれるものです。
狭義での“トラウマ体験”とは、PTSDの診断基準に則していうと「実際に、危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事」を体験することです。これらを直接体験することだけでなく、他人に起こった出来事を直に目撃することや、近親者もしくは親しい友人に起こったトラウマ体験的な出来事を耳にする、という体験も含まれます。例えば秋田県の場合は、身近な人がクマに襲われるという外傷体験に遭った場合、これはPTSDになり得ます。
広義では、「心のケガ体験」「身体的または感情的に有害であるか、または生命を脅かすものとして体験され、その影響が長期的に及んでいること」になります。例えば、幼稚園や学校の先生が厳しくて怖かった、ということや、いじめ、監督やコーチからの指導が恐怖であった、親がいつも不機嫌で冷たかった、など、その人にとって生命を脅かすものとして体験されていれば、その影響が長期的に及ぶ可能性があります。この場合も、例えば自分が怒られていなくても、身近な誰かが毎日のように怒鳴られていたり厳しく叱責されているのを見る、という体験をしていれば、それがその人にとって「心のケガ体験」になる可能性があります。
ところで、通常の記憶は、保管庫に収まりやすい形に整理して収めておくことができます。いわば、タンスのようなものに記憶というアイテムがきちんと整理されている状態で、必要な時にはそれを引き出し、体験したときの感覚や感情などをいつでも思い出すことができます。
それに対しトラウマは“熱すぎて”通常の記憶の保管庫に収めることができません。そして、その熱すぎるものに触れるのを避けたいがために、それは意識の外に追いやられます。いってみれば、タンスにしまい込む作業などとてもできない(したくない)という状態です。しかし、意識の外に追いやっただけで、その記憶がなくなったわけではありませんので、いつその記憶が飛び出してくるかわからず、わたしたちをずっと脅かし続けます。
記憶がきちんと引き出しに整理されず意識の外に追いやられてしまうと、心身に様々な影響が生じます。精神医学におけるPTSDの症状として代表的なものは次の4つになります。
1.再体験
・フラッシュバック(その体験の記憶が意思とは無関係に突然思い出される)、悪夢など
2.回避
・トラウマのことを思い出したり考えたりすることを避ける
・忘れるために酒を飲む、などの嗜癖行動、思い出す場所や物事を避ける(例:ある駅を使うのを避ける、車の運転を避ける)など
3.過覚醒
・再体験を避けるための用心が過剰になった状態
・不眠、過度な警戒心、過敏、集中困難など
4.認知と気分の陰性変化
・持続的で過剰に否定的な信念、絶望感
・こうなったのは自分のせいだと思う、不信感、何も楽しめない、など
このようなことを実感する場合は、トラウマによる影響が関係している可能性があります。これらの症状をより具体的に説明すると、例えば「急に不快な感覚に襲われる」「些細なことでイライラする」「目覚めが悪く朝から疲れている」「行けない場所があるため生活に支障をきたしている」「アルコール依存や薬物依存、摂食障害、恋愛依存(性依存)など、望ましくない行動を繰り返しているのにやめられない」「避けたい物事がある」「周囲の人に比べて過剰に驚く」「人に心を許せない」「何かにじっくりと腰を据えて取り組めない」「未来に対する展望がもてない」などが挙げられます。
実際にトラウマになり得る出来事の例は以下の通りです:
【子供時代のトラウマ体験となるもの】
・身体的虐待(暴力など)
・心理的虐待(脅しや侮辱などの言葉を浴びる、無視や嫌がらせなど)
・性的虐待(強制性交、性器や性交を見せられる、卑猥な言葉を浴びせられる、など)
・情緒的ネグレクト(親や養育者が子どもに対して関心を示さないこと)
・ひとり親や両親の不在
・家族の薬物乱用やアルコール依存
・家族の精神疾患
など
【子供時代に限らずトラウマ体験となるもの】
・災害、事件、事故などの体験
・DV
・性被害
・犯罪被害
・大事な人物を喪失する体験
・いじめやハラスメントを受ける
・貧困
など
先ほど挙げたような症状が出現して問題が生じている場合、これらのようなトラウマが関係しているのではないか?という視点を持って支援者が要支援者と接することをトラウマ・インフォームドケアといいます。トラウマを理解した専門家に自身の悩みや問題を話すことで、長年続いていた症状から回復できる可能性があります。また、トラウマ体験そのものが本人の記憶から抜けていることも多く、そのために何をやっても上手くいかないという状況が続いていることもしばしばあります。そのため、トラウマの視点をもつ専門家に話をすることが極めて重要になってくるといわれています。
トラウマはその人の人生の物語上、重要な位置を占めていることがしばしばあります。長年にわたり悩んでいる症状にしろ、最近急に苦しくなったという現象にしろ、その背景に「トラウマがあるかもしれない」という視点で要支援者のお話を聞くと、お互いに「腑に落ちる」という体験をすることができ、その結果問題が解消するということがあるかもしれません。
本人が自覚していない部分にこそトラウマが影響しているということがよくあります。そのため、トラウマについての専門的知識を有する専門家に話をすることが重要です。信頼関係がきちんと構築され、安心・安全を感じられる場と関係性があれば、トラウマ体験によって生じている影響から解放される可能性が見えてくるかもしれません。


